Kyoto MBM Labo設立の想いhistory

Kyoto MBM Laboは、健康であることを大切な価値と考え、心と体の健康のために必要な「動き」、「学び」、「交流するコミュニティー」を体験する施設です。

動きを通して、あなたの今の健康と、未来の健康物語を一緒に作りませんか?

スタートは‥

私(山本邦子)は、1989年12月25日に留学のため、日本を離れアメリカに飛び立ちました。

子供のころからおてんばで、やりたいことを精いっぱいやらせてもらえて、幾度となく父の仕事の関係で転校もしたけれども、どこにいっても子供らしく元気に過ごしていたと今振り返っても思います。それでも高校の頃には、部活そして学業のストレスを感じていたのか、激しい頭痛や貧血、倦怠感があり、毎月のように血液検査に通う時期もありました。

今思えば、楽しい中にも様々な心と体のストレスがあったのだろうな、、、って思います。それでも部活のキャプテンを務めたり、やりたいことに夢中になれる学生生活でした。

そんな私が、19歳でアメリカに渡り、言葉が通じない環境になったとき、最初の1,2年は「私が誰なのか」がわからなくなった時期がありました。自己表現ができない苦しさ、思うことはあるのに伝えられないもどかしさ、誰かが伝えてくれようとしているのに、それを理解できない自分の不甲斐なさ。そんな時期の私は、部屋に閉じこもり、勉強があるからと自分の殻に閉じこもり、人との交流を避け、どんどん自分自身の存在が小さくそしてむなしく思い、同時に周りのみんながとても自信があってキラキラしているように見えたことを今でも覚えています。

そんな時に、私を再びおてんばにしてくれたのは、周りにいた寮の仲間達で、彼らは私を誘う時に必ず「ボーリングに行こうよ!」「テニスに行くけどいかない?」「表でBBQするから行こうよ!」って、声をかけてくれて、体を動かすことで自分が解放される以上に、動きながら言葉ではない相手とのつながりを感じられたことで、私自身も少しずつ前向きになっていったと思っています。その時に思ったことは「スポーツって素晴らしい。運動ってなんて素敵なんだ!」ということ。

きっとそんな経験もあって、私は「スポーツをより多くの人に伝えるお仕事がしたい!」と思って、スポーツジャーナリズムを大学で学ぶことの意味をより深く感じました。その後、その大切なスポーツを人に伝えるためには、もっとスポーツをしっかりと科学的に、学術的に理解して専門知識を高めることが大切だと思い、カンザス大学教育学部運動科学科のアスレティックトレーニング学を専攻することに決め、そこでまた「スポーツの大切さ」「動きの可能性」に出会いました。

学生時代からフルタイムのスタッフ時代まで、カンザス大学のスポーツ部門(当時は、University of Kansas Athletic Corporation、現Kansas Athletics Inc.)で約9年間働く中で、「動き」「パフォーマンス」「怪我の回復力」「人の成長」にある種の関係性があるのではないか、、、と思い始めました。「動きが私たちに教えてくれること。」「動きから見えてくるその人の成功への道」そんなことに頭を巡らし、それが今の私の活動のテーマである「動作を通した人間形成のお手伝い」につながっています。

「動作教育」の道~ヨガとの出会い

カンザス大学のアスレティックトレーナーとして働いていた1997年頃、大学を卒業してNBAでプレーをしていた卒業生が、夏のオフシーズンのトレーニングのために大学の施設を使っていました。

彼らはトレーニングルームに来ては、自分で必要な準備をして、練習に出ていくことが常でした。そんなある日、一人の選手が「Kunikoは日本人だからヨガやったことあるよね?」って、おそらく半分ひとを茶化すつもりで聞いてきました。周りにいた選手たちがみんな一斉に「いや、それインドだから!」ってツッコミながら笑っていたのですが、私の返しももちろん” I am not an Indian!” (いや、インド人じゃないし、、、)でした、笑。

その彼に「なんで?」って聞いたら、「今、NBAでヨガが流行っているんだよねぇ、今度ホットヨガいくからKunikoも一緒に行こうよ。」って誘ってもらい、それが本格的なヨガとの初めての出会いでした。その数日後に、ルームメイトのサッカーコーチと一緒に、彼らとともにホットヨガスタジオでレッスンを受けました。

普段から選手たちと一緒にトレーニングをしている私たちでしたが、滝のように流れる汗と、動きだけを追いかけ続けるその時間の達成感と爽快感を感じながら、レッスンを終えて駐車場でシャツの汗を絞りながら、ある種の可能性にワクワクしたことを今でも鮮明に覚えています。それからは選手の怪我のリハビリとしてのヨガの動きの活用、そして遠征先のウォーミングアップとクールダウンでのヨガの活用を自分なりに試行錯誤しながら試していきました。

ちょうどそのころ、アメリカの大学では「呼吸を通したトレーニング」「呼吸を軸とした体幹のトレーニング」が少しずつ入ってきていたころで、ヨガの呼吸をトレーニングに入れながら、体幹の安定性などとの関係を探っていました。

多くの選手を見る中で、「パフォーマンスが安定する選手と安定しない選手」、「けがの回復が早い選手と遅い選手」の違いには、同じ要素がかかわっていると感じ始めたのもこのころでした。「パフォーマンスが安定している選手」「けがからの回復が早い選手」の特徴としては、「自分の状態を冷静に観察し、それを言語化できる」ということがありました。

リハビリやトレーニングで、Aという動きとBという動きの自分の感覚の違いをきちんと言語化できるのが、パフォーマンスが安定し、けがからの回復の早い選手なのではないか、、、と思うようになりました。

「自分が何を感じているのか」「AとBにはどんな類似点があり、どんな相違点があるのか」それがわからない選手は、常に人任せで、そしてパフォーマンスにも良し悪しの波がある選手が多いと感じ、それからはリハビリではできるだけ、「感覚」への問いかけを中心に進めるように心がけました。それが今のA-Yoga Mind and Body Movement Therapyのスタートだったのだと思います。

A-Yogaの構築

13年いたカンザスを離れる決心をして、2003年に日本に帰国して、劇団四季で専属アスレティックトレーナーをさせていただくことができました。

当時の劇団四季は、約550名の団員さんと研究生、そして数多くの舞台裏で働くスタッフ達が、常時10~12本の舞台を毎日行っていました。心身ともに負荷の高い舞台にかかわる皆さんは、常に緊張状態が高いこともあり、ヨガ的な要素を取り入れたトレーニングなどのアドバイスをしながら、舞台のサポートができたことは本当に楽しい時間でした。

その頃に、株式会社REACHの鴨井啓社長に「素晴らしいプログラムを多くの人に知っていただくために講習をしてみてはいかがですか?」と言っていただき、2004年より、運動における感覚の重要性を反映させたA-Yoga Mind and Body Movement Therapy(商標登録)の構築、インストラクター養成を開始。私の基礎である、アスレティックリハビリテーション、ヨガ、運動力学、運動生理学、脳科学、感覚といったキーワードをもとに、「動作教育を通した人間形成のお手伝い」の実践の探求が本格的にスタートしました。

2005年から、再び主活動場所をアメリカに戻し、シアトルでの生活を軸に2009年より2018年の引退まで、LPGAツアープロ 宮里藍プロの専属トレーナーとして世界のツアーに帯同。世界で活躍するアスリートたちとの時間を通して、トップがトップである理由を実感し、そこで教えてもらった様々なことを、より多くの人に伝えることが私にできることではないか、、、とより思うようになりました。

だからこそ、今、慢性的な体の問題を抱えた方、ジュニアアスリート、発達障がいの子供から、プロフェショナルアスリートと幅広い年代、状況の方たちと枠を作らずに多くの人たちと時間を過ごさせていただくことができているのではないかと思っています

そして実践と研究の分野を結ぶことによって、もっと社会貢献ができるのではないかと思い、2015年に大阪府立大学大学院に入学。総合リハビリテーション学群臨床支援系領域で堀部秀二教授のご指導の下、学ばせていただき、博士論文のテーマを「ヨガは健康な中年成人の呼吸機能と身体機能にポジティブな影響を与える」とし、無事に修了。2019年、研究論文がInternational Journal of Yogaに掲載されました。

 

 

A-Yogaをスタートして毎年新化を心がけるなかで、2016年頃にトレーナー仲間である川尻隆さんと、チェコでのセミナーを受けに行ったときに、「動作学」の種がうまれました。

感覚の入力を基本として、体のどのように感覚の刺激を入れるのか、その感覚から生まれてくるものは何かに目を向けるというA-Yogaは「動作学」であると彼に言われて、そこから「動的平衡」「知的行為循環」「適応」という3つの柱を手に入れてさらに加速した気がします。

今はその動作学を発展させながら、その考え方を軸として、体の感覚に目を向ける、体に新しい刺激を入れる、そしてそれに気づくことを大切に、レッスンそして講習をさせていただいています。

動作学について:https://www.dosagaku.com/